|| Krawatte -Delivarance Bell-
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 なんてサマになる奴なんだ、フライトスーツよりもずっと似合う―


 ウスティオ空軍の軍服に身を包んだサイファーを見、ピクシーは感嘆する。
 銀色の肩章と軍制服特有の4つポケットが付いた深夜色のジャケットにパンツ。ワントーン明るい紺色の地に細く赤いラインが縦に入ったタイを一分の無駄もなく締め、すらりと背筋の通った姿からは前線の兵士といった空気が微塵も感じられない。また、空軍には珍しい黒に近いミッドナイトブルーも髪色と相まって、彼の静穏かつ理知的な雰囲気をいっそう引き立てている。
 服に「着られて」いる自分とは大違いだ―ピクシーは素直にそう感じた。普段はフライトスーツかTシャツにジャージといったラフな服装しか見ていないために、あまりの雰囲気の変わりように舌を巻く。初めてサイファーを見る者にとって彼が傭兵だとは到底思えないだろう、事実、いつもいちばん近くで彼を見ているピクシーでさえそうなのだから。


 そもそもなぜ軍服を着ているのか。
 というのも、ガルム隊の両名に勲章が授与されることになったからだ。首都ディレクタスの解放作戦を円滑に成功させたこと、またベルカ軍エース部隊を撃墜したことが高い評価を得たようで空軍参謀本部からヴァレー基地司令に直々の令達があったらしい。これを受けて、至極簡易ではあるけれども授与式が執り行われるために軍服で正装する必要が出てきたのだ。単に司令官の部屋で勲章を受け取るだけにもかかわらず、だ。基地司令の名で与えられた勲章を受け取ったときにはフライトスーツのままでも咎められることは特になかったのだが。どうやら上になればなるほど形式ばった行いを好む傾向があるようだ。
 管理事務官から渡された正装一式を見たピクシーはあからさまに表情を歪めた。こういったフォーマルなスタイルは嫌いではないがいざ着るとなるとあまり気が乗らないのが正直なところだ。ぱりっとしたシャツの硬さやタイが首を締め付けている感覚がどうにもむず痒い、だいいち、振る舞い方に妙な気を使ってしまって落ち着かない―サイファーにそうこぼすと「案外子供っぽいんだな」と笑われる。子供っぽくて悪うございましたね、と返しながらピクシーは渋々着替えを始めた。それが10分ほど前のことだ。


 手袋をはめる動作も忘れ相棒の姿に見入っていると、視線を感じたのかサイファーが振り返る。怪訝な顔でこちらを見つめ首を傾げてきた。


「あ、いや。お前、そういう格好が似合うなと思って」
「?」
「所作も決まってるからさ。やっぱり俺とは違う世界に居たんだなと思ったんだよ」
「……」


 そう言うと、みるみるうちにサイファーの表情が曇る。


「そ、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。俺はただ単純にお前が格好良いと思っただけなんだ、他意は無い。紛らわしい言い方をして悪かった、謝る」


 ピクシーは両の掌を向け、慌てて詫びた。確かに、お互いの育った環境には相当の差がある。程度はともかくとしてピクシーがサイファーに対して欽羨の感を抱いているのは事実だった。しかし、だからといって卑屈になっているわけでは決してない。それだけは誤解しないでほしかったのだ。
 コッコッと靴音を響かせてサイファーがこちらへ歩いてくる。その姿だけを見るのであれば非常にスマートで見惚れてしまうところだ、が、この状況に関して後ろめたい気持ちがふんだんにあるピクシーには、彼が「更生した教え子が再び悪事を働く場面を見てしまいひどく悲しんでいる教師」のようにしか見えなかった。そんな思いをさせようとした訳ではなかったのに。まったく、口は災いの門とはよく言ったものだ。
 歩きながら彼がすっと右腕を上げる。殴られるのか? と反射的に息を詰めるピクシー。
 だが拳は飛んでこなかった。


「あ」
曲がってる
「…」


 伸ばした右手はタイのノットに触れていた。少し位置をずらそうと何度か試みていたものの、結び直した方がよいと判断したようだ。サイファーはノットを解き、シャツの襟を立てるとピクシーの顎を指でくいっと上向かせる。これに戸惑ったのはピクシーだ。
 サイファーの整った顔が、すぐ近くにある。声を出せないことからくる彼のどこか神秘的な雰囲気がそうさせるのか、妙な気持ちの昂りに思わず鼓動が早まってしまう。視線をどこに向けたらよいのかわからず、きょろきょろと窓の外や天井をさ迷わせた。
 子供のようにされるがままになっているこの状況は心底いたたまれなかった。自分で結び直したところでまた不恰好になるのは勿論わかっている、彼に任せた方がよいのは明白だがなんとも落ち着かない。それに、もしかしたら彼は怒っているのではないかという先程の疑問もまだ残っている。この如何ともしがたい空気から早く逃れたいと考えていると、サイファーが話しかけてきた。


違う世界とは 学生ということか


 おや、とピクシーは感じた。語る息の強さからすると怒ってはいないようだ。
 先程自分が言ったセリフには確かに学生という意味も含まれてはいる、けれどそれ以上詳しく伝えると今後の関係に差し障るような気がした。だいたい、せっかく築いた信頼関係を壊してまでツッ込むような話でもない。気付かれないようにこっそりと、ピクシーは視線を下に向ける。慣れた手つきでタイを結ぶ表情はいつもの彼のものだ。


「まあ、な。それにお前は音大だったんだろ? そのへん、何か他の学生とは違うような気がする」
別に 音大生だからって何も特別じゃない 普通の学生だぜ
「でも、お前の立ち居振る舞いは洗練されてるというか、さりげなくプロっぽいというか」
オペラの実習で舞台の所作を習ったのさ こんなところで役に立つとは思わなかった


 何気なく紡がれた一言が重い。
 大学で得た知識を活用する場が社会だとはいえ、その社会がまさか戦場になるとは露にも思いつかなかっただろう。
 お互い、なりたくて“なった”境遇ではない。過程は違えど、結局傭兵としては似たもの同士だ―核心的な感情には触れずに、ピクシーは是とも非ともつかない当たり障りのない言葉を選んだ。


「…生きてると面白いよな、いろいろ」
全くだ


 開けた窓の外から遠く、傭兵たちの笑う声が聞こえる。壁の換気口に取り付けられているフィンが、吹き込んできた風を受けてかたかたと鳴った。


 タイを結び終えると、サイファーはノットを調整して襟を戻す。両肩の前面をさっと撫でてジャケットの皺をならし、指先でピクシーの前髪を払って流れを整えた。


所作なら教えてやるよ お前は顔が良いんだから 身のこなしも決まれば文句無しだ
「はッ、よく言うぜ」
本気で思ってるから言ってるんだ


 謙遜するなよ―驚きのあまり固まってしまったピクシーをよそに、そう付け加えたサイファーは微笑む。普段の達観した雰囲気は無く、「上の連中にいつもと違うガルムを見せてやろうぜ」と言いながら悪戯っぽく笑う表情は歳相応のそれだ。不意の言葉とあまり見ることのない笑顔にどぎまぎしながらもピクシーはほっと胸を撫で下ろす。
 どのみち、司令官の部屋へ行くにはまだ時間がある。それまでに所作を教えてもらおう―肯定の意味を込め、ピクシーは笑みを返した。





















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ブログにのっけてたネクタイ小話
ちょこっとだけ修正してます

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