|| The Raptor said,  -The Death returns-
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初めて会った日のことは、はっきりと覚えている。


2005年9月1日、ロスカナス空軍基地。

雲ひとつなく、はるか高みまで澄み切った蒼い空。同じ色をたたえた双眸で、彼は私を見上げていた。
コールサイン「メビウス1」―今日から私の操縦者となる人物。


聞くところによると。
彼は、厳しい戦況をたった一人で塗り変えてきた「英雄」だと。
また敵国からすれば、空から“鎌”を振り下ろし友軍を屠っていく「死神」であるという。
しかし外見からは、「英雄」や「死神」と謳われるような雰囲気…鋼の持つ強さのような、触れれば切れてしまうような鋭さといったものは一切感じなかった。少し細身の身体と温和な表情。加えて、短髪ではあるが兵士にしては若干長めの髪もあって、どこにでもいるようなごく普通の青年にしか見えなかった。少なくとも、そのときは。


髪と同じ色―黒いリストバンドを着けた腕を伸ばした彼は、私のレドームに触れると。
「これから一緒だ、よろしくね」
予想どおりの穏やかな口調で、そう言った。






才能とは、個人の意思と関係なく天から与えられるもの。
それは持たざる者からすれば、欲しても絶対に得られないもの。努力しても、決して届かないもの。


彼には、紛れもなく突出した空戦の才能があった。
雲を切る翼が風を絡めとり、音の速度に変えていく。たとえ、敵機が内側から切り込んでも追いつけはしなかった。機体性能の差ではない、空が彼のために道を開けるのだ。私はそう感じた。
彼が捉えた敵はみな、数秒後にはレーダーから消えている。1機、また1機と撃墜するごとに増してゆくその強さは、たった今撃墜したパイロットの操縦技術を吸収しているかのようだった。これが「死神」と称される所以か―たしかに、他に表現する言葉が見つからない。
さらに。チャフもフレアも使わず、操縦技術のみで複数のミサイルをかわす姿勢に、いつしか私の方が惹きつけられていた。
一体なんというパイロットだろう。
ここまで―私の性能を限界まで引き出してくれるとは。
嬉しかった。彼のような操縦者と共に飛べることは、何より幸せだった。
ああ、もっと早く彼と出会えていたならば、私はこの力を存分に、彼のために使うことができただろうに。


彼と初めて出撃したその日。作戦が成功し、敵国の首都から基地へと向かう帰路、彼が呟いた。
「本当は、殺したくなんかないんだ」
どこか私に向けたような口調。その言葉は祈りのようで。
自分の行為を悔いているのだろうか。
私は。自らに与えられた才能は行使するべきだと考えている、戦闘機パイロットの道を選んだ彼に非はない。
相手に死が訪れるのは技術が至らなかった所為だ、これは勿論私たちにも等しく当てはまる。もし、相手の方がより技術が勝っているのなら、落ちるだけだ。
強い者が生き残る。至極当然の、自然界の法則ではないか。彼が気に病む理由はどこにも無いのだ。
そう感じるのは、私が戦闘機だからなのだろうか。
一週間後、私は彼と2度目の出撃を果たし、帰還した。
長く続いた戦争が終わった。




彼が軍を除隊したらしい―
それはあまりにも突然で。私は一瞬、耳を疑った。
戦争が終結し、自国へ戻りほどなくしてのことだ。私のメンテナンスを担当する整備兵が、同僚と雑談を交わしている。



―あいつは 他人を傷つけるのが嫌だったそうだ 
たとえ理由が何であれ な


―じゃあどうして 軍なんて入ったんすかね
それが仕事みたいなもんじゃないすか 兵士なんだから


―さあね 俺だって知らないよ
ただ あいつがこの空から降りたのは 残念だな



主翼の下で作業する整備兵を見つめながら、私は彼が呟いていた言葉を思い出す。
『殺したくない』
他者の命を奪う行為に耐えられなくなったのだろうか。
彼が自ら決めたことであるなら、私には口を挟む権利はない。
だが寂しかった。悲しかった。
彼のように私を扱えるパイロットなど、他に存在するはずがないのだから。




その後も、私の整備は念入りに行われ続けた。いつ彼が復帰しても問題ないように、という理由からだ。
しかし整備兵たちの会話から察すると、彼が軍に戻ることはないようにも思えた。その圧倒的な空戦能力とは対照的に、彼は本当に心穏やかな人物であったらしい。自らが撃墜した機のパイロットたちの為に毎日祈りを捧げていたそうだ、「自分が生きているのは申しわけない」と。ときに涙を流しながら。
そんな彼が果たして、軍に戻ってくるだろうか。
また、私にとって喜ばしくないことがもう一つあった。あの「メビウス1」の乗機であるが故に、皆が私を骨董品のように扱うのだ。
エンジンが焼け付くほどにバーナーを焚いたのはいつだったろう。アラートハンガーで、スクランブルを待っていた頃の緊張感が懐かしい。
私は格納庫の天井を見上げる。この鉄の板の向こうには、彼と共に駆けた空がある。
今では手の届かぬほどに遠くなってしまった空。
結局、彼と共にオペレーションで空に上がったのはたった2回だ。だが、その2回の出撃が、今や私にとって何ものにも代え難い経験となって身体に刻み込まれていた。彼の機動は思い出すだけでも身震いする。あれほどまでに、戦闘機としての本能を揺さぶられたことは未だかつてない。
翼が疼く。
私は戦いたい。もう一度、彼とこの空を飛びたい。
戦闘機は、戦うことに存在する意義があるのだ。戦わぬ戦闘機など玩具と同等ではないか、私は展示品ではない。
だがふと思う。今後、彼のあの絶対的な力が必要になるときは、戦争もしくはそれに準ずる事態にあるということだ。けれど彼は争いを好まない、ここに大きな矛盾が生じている。酷な言い方をすればまさに“宝の持ち腐れ”なのだ。
…彼は今、どうしているだろうか。
私の整備は相変わらず続けられている。けれども、あなたは―







今、その人が私を見上げている。あの日の空と同じ色をした目で。
「お前に会うのも1年ぶりだね」
彼はそう言うと。穏やかな、懐かしい笑顔を私に向け、伸ばした右手で私のレドームに触れる。
体温が心地いい。そう、初めて会ったあの日もこうして触れてくれた。
ああ、帰ってきたのだ、彼が。


近々行われる作戦のため、ISAF首脳陣が直々に復帰を申し入れたのだそうだ。
しかし、人を殺めることを嫌う彼にとって、軍への復帰はどれほど重い決断だっただろう。


けれども、私と共に空を駆けることを選んでくれた。
これ以上に嬉しいことがあるだろうか。再び飛べるのだ、彼と。


私はあなたの翼。あなたが振るう鎌。
どんな要求にも応えてみせよう。
あなたが「飛べ」と言うのなら、たとえ両翼を失っても私は飛べる。


私は胸の高鳴りを抑えることができない。
心はすでに、空にある。


「ただいま」

おかえりなさい、メビウス1―
























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