|| Einleitung -GLACIAL SKIES_1-
------------------------------------------

 ブリーフィングルームへ入ると、見慣れない男が一人混ざっていた。
 簡易テーブルの付いた椅子が並べられた部屋のいちばん奥、足を組んで椅子に座り新聞を読んでいる。その横顔を見る限りは、どうやら自分と同じくらいの年齢のようだ。たしか、新しいウイングマンが今日配属されると聞いていたが…彼がその「僚機」なのだろうか。
 TACネーム"ピクシー"ことラリー・フォルクは、あらためて男の外見を眺めた。
 フライトスーツを着ているが、左を向いているため右肩の部隊章は見えない。首元にはグリーンのシュマグをスカーフのように巻き、スーツの中に入れている。室内は暖房が効いているはずだが、寒いのだろうか。たしかにここヴァレーは海抜1,500mを越える山岳地帯であり、ウスティオ全域でみても格別寒い箇所に入る。だからこそこうして基地内でも充分に暖房を効かせているのだが、それでも寒いというのなら彼は南国の生まれなのかもしれない。
また、短く揃えられた彼の髪は不思議な色―戦闘機と同じ、少し青がかった灰色をしていた。あまり見かけない色だ、染色でもしているのだろうか。
 実力を伴っているのなら、外見にしろ性格にしろ、多少過ぎた部分があってもよいというのがピクシーの持論だった。ただ、それが僚機となる人物なら、さらに相性という要素も絡んでくるわけであり。
「(要は好きになれるかなれないか、ということだよな)」
 まあ彼が僚機であろうとなかろうと、挨拶くらいは済ませておいても悪くないだろう―そう結論付けると、ピクシーは雑談を交わしている他の傭兵たちをかきわけ男の方へ足を向けた。


「あんたが“サイファー”か?」


 呼びかけると、男は新聞から目を離し振り向いた。青灰色の髪に、同じく青灰色の瞳。
 男の瞳を見た瞬間、ピクシーは違和感を覚えた。
 それがどこから来るものなのかはわからない、しかし今まで会ってきた傭兵たちとはどこか雰囲気が違うのは確かだ。眼力には鋭さを感じるものの、芯の部分には“兵士特有のトゲ”がないように思える。傭兵であるけれども傭兵ではない、そんなオーラが漂っていた。…一体何なのだろう。
 男はピクシーと視線を合わせると、ひと呼吸おいて頷いた。やはり、彼が新しい僚機。
 TACネーム“サイファー”。


「それじゃあ、今日から一緒だな。俺が“ピクシー”だ、よろしくな。俺の話は聞いてるだろ?」


 右手を差し出して握手を求めれば、サイファーも応じてきた。問いには頷いて答える。


「なら早い。こっちも、あんたのことは大筋で聞いてる」


 随分器用な奴だってな、と振れば、サイファーは「そうでもないさ」といった感じで少し肩を竦める。
 ここでピクシーはふと疑問を感じた。
 ―どうして返事をしないんだ?
 反応はある。だが、なぜ彼は言葉を返さないのだろう。初対面で緊張している、という様子には見えないが。
 ピクシーはもうひとつ質問を投げかける。


「ハンガーにあった翼の青いイーグル、あんたのだろ?」


 サイファーは頷く。けれども、やはり無言のままだ。


「…なあ。答えてくれるのはいいんだが、何か言ったらどうだ。それとも話すのも面倒か?」


 ピクシーはそう返すと、両手を腰に当てながら少々大袈裟に溜息を吐いてみせた。もちろん実際に腹を立ててはいない、けれどもこうも反応が薄いのでは上がる前からやる気が削がれるというものだ。今まで何人もの傭兵たちと出会ってきたが、今回のようなケースは初めてだ。
 このピクシーの反応に、サイファーは少し驚いたような表情をする。と、首を覆っているシュマグを弛めて顎を上げ、喉を指差した。


「―あ」


 露になった喉元には、真一文字に大きな傷。ここからでも縫合痕がはっきり確認できるほどの。
 声を出せない、つまり彼は喋ることができないのだ。


「なるほどな、悪かったよ」
「…」


 いいや、と言うように首を振るサイファー。


「じゃ、あんた一体どうやって…」
 今まで戦ってきたんだ、と問おうとしたそのとき。


「全員揃っているようだな。それではこれよりブリーフィングを開始する」


 傭兵たちが一斉に声の方向に振り向く。体格のよい中年の司令官が、資料を抱えた下士官を引き連れブリーフィングルームに入ってくるところだった。
 質問のタイミングを失ったピクシーは、仕方なくサイファーの左隣の席に腰を下ろす。




*********




 照明の落ちた室内。前方の壁に掛けられているスクリーンに映し出された戦術データシステムの画面をポインタで指しながら、司令官が作戦の説明を続けている。
 作戦の背景はこうだ。


 ―国境を越えたベルカの大規模爆撃機編隊がこの基地に接近している。敵はこちらの基地を強襲し、さらにウスティオ全土を手にする目論見だ。
 このヴァレー空軍基地はウスティオ最後の砦であり、もし迎撃に失敗すれば、ベルカによるウスティオ政権の完全制圧に直結することになる―


「爆撃機編隊を撃破し、基地を守りぬけ。断固として、ここでベルカの侵攻を食い止めるのだ」


 再び照明が灯り司令官がそう締めくくると、傭兵たちはばらばらとブリーフィングルームを出て行く。兵装の追加を整備員へ伝えに走る者や、爆撃機の詳細について情報を集める者、また報酬の交換レートについて意見を交わす者たちもいた。
 少し波が引いてから部屋を出ようと決めたピクシーは、隣に座るサイファーを何気なく見やる。話すことができないとなると、戦闘中のコミュニケーションに必然的に困難が生じる。先日、担当者から受け取ったサイファーについての情報には、現在までの戦闘実績しか記載されておらず会話に支障があるという点の記述がなかった(さらには顔写真もなかった)と記憶しているが、今更文句を言うわけにもいかない。お喋りをするために空へ上がるのではないにしろ、この状態ではさすがに不都合を感じざるを得ない。さてどうしたものか、と思案していると、


「おい、ガルムの二人。こっちへ来い」


 司令官の野太い声が投げかけられる。二人は椅子から立ち上がり、プロジェクターが置かれている司令官のデスクまで歩いていく。


「挨拶は済ませたようだな。ピクシー、このとおりサイファーは会話することができない。勝手が悪いとは思うが、戦闘中の意思疎通の方法は自由に決めて構わないからな、任せたぞ。ああ、それからピクシー」
「何か?」
「お前は引き続き2番機のポジションについてもらう。その方が縁起が良いんだろう?」
「…まあな」
「ならいい。お前の技量を見込んでサイファーを編入させたんだ、今日もいい戦果を期待してるぞ」


 司令官はそう言うと、ピクシーの肩をばしっと叩き大きな身体を揺すらせながらブリーフィングルームから出て行った。その背を一瞥したピクシーは、まったく勝手なことを言ってくれる、と叩かれた肩をさすりつつサイファーの方へ振り返る。


「サイファー、そういうわけであんたが1番機だ。俺に指示を出すときには…そうだな、口笛でもいいから一度合図をくれ」
「…」


 頷くサイファー。


「あんたが機首を向けてる方向と周囲の状況から判断する。攻撃か、あんたの援護か。イエス・ノーはこれだろ?」


 ピクシーはそう言うと、フライトスーツの首元のジップを上げ下げしてみせた。サイファーは「ああ」といった感じで頷く。


「確認しておくぜ。イエスなら1回」
ジッ。
「ノーなら2回」
ジ、ジッ。
「オーケイ?」


 サイファーが頷く。
 刹那―それは本当に一瞬の出来事だったが―彼の瞳がふっと色を変えた。
 深い霧の奥底のような鈍色。獲物を狙う狼のような暗い光。
この変化をピクシーは見逃さなかった。鈍く暗い光が宿る瞳は間違いなく戦場の兵士のもの。初めに抱いた不思議な、傭兵然としたところがない雰囲気も感じられたにせよ、やはり彼は傭兵なのだ。
 瞳の僅かな変化も、おそらく“戦闘モード”に切り替わったという表れなのだろう。


「了解だ。行こう」


 頼むぜ、とサイファーの左肩を軽く叩き、ブリーフィングルームの出入り口に向かって歩き出す。いろいろと気になる彼のバックグラウンドについては後々聞くとして、まずは今日の一戦に勝つこと。すべてはそれからだ。
 後方に足音がついてきていることを確認し、ピクシーは少し歩を速めた。
























-------------------
※ヴァレーの海抜については適当です 公式だと3,000m?
※ジップ音でコミュニケーションを取る方法の元がどこだったか…実際にあるそうですが
失念しましたすみません

BACK