|| Einsatz -GLACIAL SKIES_2-
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眼下に広がる光景はいつもと変わらない。 白い雪景色のなかに、所々黒い岩肌がのぞく斑模様。元々避暑地であるヴァレーは、真夏でも山の頂に雪が残っていることがほとんどだ。春の初めであるこの季節では、いまだ雪が深く根を下ろしており降雪が確認されても別段珍しいことではない。 ピクシーがHUDから目を離して景色を眺めているうちに、空気の粒に白いものが混ざってきた。 「降ってきたな」 僚機にそう問いかけ―直後に、サイファーが話せなかったことを思い出した。ばつが悪いうえ、彼からの返答はない。とくに答えを求めているような会話でもないのだが…あらためて彼とのコミュニケーションの難しさを感じる。ジップ音を合図に使うと決めはしたものの、それはつまり彼が確実にイエス・ノーで答えられるような問いかけをしなければならないということだ。これでは雑談もできないな、と感じた。 そこへ雑音とともに無線が入ってきた。ピクシーは吐きかけた溜息を飲み込む。 『こちら基地司令部。全機上がったようだな』 いつもの通信士の声。高圧的で気に食わない彼の喋り方と、僚機との間に漂う微妙な(と自分が勝手に感じているだけかもしれないが)空気に思わず眉根が寄る。 『ガルム1、ガルム2、現在の方位を維持せよ』 ピクシーはHUDをちらりと見、方位を確認した。声を出せないサイファーに代わって返答する。 「こちらガルム2、了解した」 返しながら、右前方の上空を飛ぶサイファーの機を見る。自機の赤い片翼とは対象的に、6枚の翼を群青に染めたF-15C。その青が、出撃前に見た彼の暗い瞳と重なる。 なるほど、お似合いだな―そう感じた。 『方位315、ベルカ軍の爆撃機接近』 レーダーのレンジを長距離に切り替え、爆撃機を捕らえる。IFFでチェックされた航空機は味方機ならば青の三角形、敵機ならば同じく赤の三角形で表示される。まったく、機械とは単純なものだ。ベルカ軍からすれば、こちらが赤く表示されているに違いない。 表示された敵機のうち二重の円で囲まれたものが爆撃機だ。どれだけ爆弾を抱えてきたのか知らないが、帰る場所を破壊されたのではたまったものではない。ここで落とすにかぎる。 ピクシーはレーダーから目を離すと、もう一度サイファーの機を見上げた。先程の問いかけから続く、何となくもやもやしたこの感じを引きずったまま戦闘に入るのは好ましいことではない。彼とのやり取りと、合図に問題がないかのテストを兼ねてサイファーに話しかけた。 「雪山でベイルアウトは悲惨だ。頼むぜ、1番機」 そう問いかけると、ひと呼吸置いてジッ、とジップの音が返ってきた。任せておけ、ということか。 ひとまずこの方法に問題はなさそうだ。後は…彼の腕次第。 どこまでやってくれるかという興味と、多少の冷やかしが交ざった気分でスロットルを握りなおす。 『各機、迎撃体勢をとれ』 言われずともやってやるさ―ピクシーは言葉を返す。 「報酬はきっちり用意しとけ」 『互いが無事であればだ』 「お財布握り締めて待ってろよ」 スロットルを一気に開く。と、右上のサイファーも同時に加速してきた。 どうやら“ツボ”が同じであるらしい、思わず口端が上がる。 『ガルム隊へ。敵爆撃機を全機撃墜せよ、基地には到着させるなよ。ガルム2、お前はガルム1の指示に従え。作戦中の勝手な行動は禁じる』 「了解。指示は頼んだぜ、サイファー。あんたがガルム1だ」 ジッ。 やがて爆撃機の編隊が見えてきた。こちらの針路を左から右へ横切るように進んでいる、数は目視で確認できるだけでも6機、レーダーには11機。さらに、その周囲を守る護衛機が多数。レーダーに簡易表示された護衛機の機種をみると、その大半はひと世代のものだった。敗戦濃厚とはいえ、ここまでレベルを下げてくるとはつくづくウスティオも馬鹿にされたものだな、ピクシーはそう感じた。 大した相手ではない、それならば存分に稼がせてもらうまでだ―操縦桿を握る手に力を込めようとしたそのとき、無線から口笛が聞こえた。 「サイファー?」 視線だけを動かして右上のイーグルを確認する。針路は変わらない、爆撃機の横腹に向いている。 ということは、 「全機撃墜で構わないな?」 ジッ。 「了解した。ガルム2、エン…」 「―ガルム2、ならびにガルム1、エンゲージ!」 ********* 『おい片翼。さっきの無線、ありゃ何だ?』 「うるせえな。無駄口叩く暇があったら、さっさと敵を落とせ」 傭兵仲間からの問いにそっけなく返したピクシーは、黒煙を噴き落ちていく爆撃機を横目に見つつ僚機の位置を確認する。サイファーは戦果を確認するかのように、緩くロールをしながら自らが撃墜した爆撃機の周囲を旋回していた。 これでサイファーが撃墜した敵機は爆撃機・護衛機合わせて4機になる。彼の動きはなかなか鋭い、ピクシーもすでに同じ数の敵機を落としているが、このペースだと彼が今日のエースをさらっていくかもしれない。なるほど、基地でトップの撃墜数を誇る自分と同じ隊に配属されるだけのことはある―いまのところ、ピクシーが下したサイファーに対しての評価は高い。 突然、ごおん、と鈍い音が空に響く。おそらく被弾した爆撃機が抱えていた爆弾に引火したのだろう、ピクシーは音が聞こえた方向を振り返らずにレーダーを確認する。すると二重円の付いた赤い三角形がひとつ、ふっと消えた。爆撃機が大きな炎の塊となって落ちていくシーンが容易に浮かぶ。と同時に、自分が死ぬときには同じようにレーダーからただ消えるだけなのだろうと思うと、空しさに似たものを感じた。 だがそれも一瞬だけのこと。 自分は傭兵として誇りを持って戦っているし、戦闘機の操縦技術についても高い水準であると自負している。死が怖くないと言えば嘘になるが、たとえ撃墜されて死ぬようなことがあったとしても、それは相手が自分より優れた腕を持っていたのだから悔いはないというのがピクシーの信条だった。 どうせ生まれてきたことさえ祝福されなかった身だ、それに自分の身を案ずるような者もいない。少なくとも戦闘機乗りである間は、地上で果てるよりも空で散った方が救いがあるとピクシーは考えていた。 撃墜されたベルカ機が噴く黒煙と、獲物を狙うウスティオ機が引く白い飛行機雲が絡まりあって雪混じりの空を飾る。残りの爆撃機は4機、作戦も後半戦だ。 そこへ先程の仲間の声が無線に入ってきた。 『爆撃機1機が戦線を離脱中。びびったか?』 レーダーを見ると、二重円に囲まれた赤い三角形がひとつ、編隊から離れ基地とは反対方向へ向かっている。 「ここまで来て離脱?」 機体の不調だろうか。こちらからすれば、背を見せた爆撃機など格好のターゲット以外の何物でもない。自分の現在位置から少し離れてはいるが、追えない距離ではないと判断しピクシーが機首を旋回させたとき。 ピュイ、と口笛が聞こえた。サイファーだ。 「どうした、ガルム1?」 周囲を見回して1番機を確認する。 口笛でもよいと提案したのは自分だが、実際呼ばれてみるとあまり良い気分はしないものだ。まるで本物の猟犬だな、ちらとピクシーは感じた。 すると1機、左上後方からすっと寄ってくるF-15Cが見えた。翼は群青。 続いてジ、ジッとジップ音。 「離脱した機は追うな、ってことか?」 ジッ。 「わかったよ。じゃ、残りの奴ら叩くぜ」 ジッ。 スロットルを開き操縦桿を引いてインメルマンターンを打つ。身体がシートに押し付けられる感覚とともに、あっという間に天地が逆転する。頭上に雪景色、足元に蒼空。操縦桿を倒して機体を水平に戻すと、同じ機動で反転したサイファーのイーグルが右翼の向こうに見えた―かと思うや否や、サイファーはアフターバーナーを焚いて残りの爆撃機へと向かっていった。 「(…どうしてあれを見逃すかな、あいつ)」 1番機のコントレイルを追いながら、ピクシーは引き返していく赤い三角形を見やる。 報酬は撃墜したターゲットの数で変わってくる。通常の戦闘機よりも、爆撃機など大型機の方に高い「値」がついていることは傭兵であるならば周知の事実だ。彼も知っているだろうに、あえて見逃すというのなら余程の理由があるらしい。戦う意思の無い者は深追いしない、という彼なりのルールか、それともただ単に燃料を消費したくないだけか。 ピクシーは少し距離を置いてサイファーに続く。軽く息を吐いた。 ここまで共に戦ってみて、気になる点があった。 今しがたの爆撃機への対処はもとより、サイファーの戦い方は妙な特徴がある。 相手の背後を取れる絶好の位置に付いているにもかかわらず、隙あらば…いや必ずと言っていいほど正面に回りこむのだ。また、その戦法は爆撃機のような大型機に対しても変わらなかった。実際、彼が撃墜した4機のうち爆撃機を含む3機はヘッドオンキルされている。 真正面から放たれたミサイルをかわしながら、敵機をすれ違いざまに機銃で撃墜する。もし相手のミサイルがヒットしてしまったら脱出する暇もない、一瞬でも反応が遅れれば即、死につながる。なぜあれほど正面攻撃にこだわるのだろうか。戦闘機の戦い方ではない、まるで中世騎士の一騎打ちだ。 ほら、また― サイファーは爆撃機の背後から近づくと、ロックはおろか威嚇射撃さえすることなく高度を上げながら前方に出ようとする。どうしてそこで撃たないんだ?と疑問に思うピクシーをよそに、サイファーはなおも進む。基地が想定した絶対防衛ラインまではまだ距離があるものの、できれば早くカタをつけたいというのが正直なところだ。ピクシーはマスターアームを中射程対空ミサイルに切り替え、爆撃機をロックした。サイファーから特に指示はないが、とにかくターゲットを落とさなければ帰る”家”がなくなってしまう。 リリースボタンを押すタイミングを計っていると、護衛機が1機こちらへ戻ってくるのが見えた。ちょうど、爆撃機を追い抜いたサイファーと正対するかたちになる。 「(あいつ、初めからそっちを狙ってたのか?)」 『FOX2!』 ミサイルの発射を宣言したコールが無線に入ってくる。あの護衛機のパイロットだ。発射されたミサイルが白い尾を引いてサイファーに向かっていくのがピクシーにも見えた。だがサイファーは針路を変えない。彼が取る行動はわかっているとはいえ、僚機としては肝が冷える思いだ。ピクシーはチッ、と舌打ちをすると無線越しに叫ぶ。 「サイファー、かわせ!」 爆発する―その瞬間。 彼は180度ロールしながらラダーを使い、機体を横にスライドさせた。 「なに?」 ミサイルはサイファー機を掠め、信管が作動することなく後方へ飛んでいく。背面のまま、サイファーは正面の護衛機に機銃を浴びせかける。コクピットから火を噴く護衛機。サイファーは続けてスプリットSの機動に入り、少し高度を下げて針路を真後ろに取るとピクシーがロックしている爆撃機と正対した。 「(なんて野郎だ…)」 開いた口が塞がらないとはこのことだ。 定石を真っ向から否定した戦法、今まで組んできたどのパイロットとも違う。 鳥肌が立った。感動?恐怖?どちらでもない、何なのだこの感情は。 ピクシーは知らずのうちに口端が上がっていることに気付く。ああ、そうか。自分は彼の戦いを楽しんでいるのだ。 ―どこまで型破りなんだ。お前のような奴は初めてだ、サイファー。 「…面白いじゃないか!」 ピクシーはリリースボタンを押す。がこん、とほんの少しだけ機体が揺れ、放たれたAMRAAMが白煙を引いて爆撃機へ向かってゆく。 サイファーはというと、案の定爆撃機の鼻っ面に機銃を放つのが見えた。曵光弾が輝き、当たった弾丸が火花を散らしたかと思うとコクピット付近から火を噴き始める。そこへ、たった今自分が撃ったミサイルがエンジンに直撃した。 轟音とともに瞬く間に炎に包まれる敵機。何度か爆発を繰り返しながら、雪に覆われた岩山の斜面へと落ちていった。あの様子では、搭乗員は脱出もままならなかったろう。だが、彼らを哀れだと感じる余裕などない。これは戦争であり、自分は傭兵なのだから。 ピクシーは僚機の位置を確認する。サイファーは爆撃機の上でいったん高度を上げくるりと反転すると、先程と同じようにすっと寄ってきた。その様子がまるで、主人の元へ帰ってきた猟犬のようでピクシーは苦笑する。レーダーを確認すれば、二重円の付いた敵機はすべて消えていた。どうやら今撃墜した機が最後の1機だったようだ。護衛機も退散したのかはたまた全滅したのか、レーダーには映っていない。 『基地司令部から各機へ。作戦は成功だ。逃げ帰ったベルカの奴らが、上に戦果報告する様を見てみたいもんだな』 通信士からの無線に混ざって味方の歓声がちらほら聞こえてくる、撃墜された者はいないらしい。ここ最近では珍しいほどの戦果だ、間違いなく大勝利と言えるだろう。 基地の方向へ機首を返したサイファーに合わせて、ピクシーも針路を変え左後方に付く。群青の垂直尾翼に遮られて見えないが、サイファーが居るであろうコクピットを見つめる。 彼の僚機として行動するのに少々、いやだいぶ骨が折れるだろう。が、それはそれで楽しいと思う。ターゲットを見逃したり奇抜な戦法を取ったりと個性が目立つが、サイファーの腕は良い。コミュニケーションに難があることを差し引いても余りあることは確かだ。 ―こいつは、新しい世界を見せてくれそうな気がする。 ピクシーはほんの少し機を進める。右側を飛ぶイーグルのコクピットにサイファーの姿が見えた。 「サイファー、お前とならやれそうだ。よろしく頼む」 「相棒」 ひと呼吸おいて、ジッ、とジップの音が聞こえてくる。 ------------------- 無駄に長くてすいません |