|| Episode -GLACIAL SKIES_3_01-
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 ハンガー内がにわかに騒がしくなった。トーイングカーのバックアラートが響き、整備員たちが各々の道具を抱えて絶え間なく行き交う。ここは自分たちの戦場だと言わんばかりに。
 ピクシーは視線を緑色のツナギたちから愛機へと移す。
 先刻の戦闘の昂りをもてあましているかのように、エンジンはいまだに熱が冷めきらない。焼けた金属特有の香りが漂い、冷気に触れた排気ノズルがキンキンと音を立てていた。ランディング後のチェックをひととおり済ませ、整備員に後を任せると1番機の行方を見やる。赤い猟犬のエンブレムを付けたもう1機のF-15Cが、トーイングカーにプッシュされてこちらに入ってくるところだった。
 機首が屋根をくぐると同時にキャノピーが開き、短い間にも積もった雪がはらはらと落ちた。ヘルメットを被ったままコクピットに収まっている“相棒”の姿を確認すると、自機の前方で停止した1番機に駆け寄る。


「よう、お疲れさん」


 呼びかければ、ヘルメットを脱いだサイファーがコクピットから顔を覗かせた。左手を軽く揚げて返答する。彼は掛けられたラダーにヘルメットを掛け、慣れた仕草でコクピットの外縁に足をかけるとラダーを使うことなく飛び降りた。着地するとがちゃん、と保命ジャケットのハーネスが音を立てる。あの高さから降りてくるとは大胆なことをする奴だ、いろいろと面白い―ピクシーはそう感じた。


「お前、いつもあんな感じなのか?」


 サイファーはきょとんとした表情で首を傾げる。質問の意味が伝わらなかったようだ、ピクシーは両手の指を何度か突き合わせて彼の戦闘機動を示してみせる。この仕草で彼も理解したようで、肩を竦めてみせた。見てるこっちはひやひやするぜ、とピクシーは返す。軽く苦笑するサイファー。


「ま、初陣が白星で何よりだ。 ―そうだ、この後予定はないだろう? 飲みに行かないか、奢るぜ」


 先輩面をしようとは思わないが、事前の訓練や打ち合わせもなしにコンビを組んで勝利をあげたのだ、互いの功労をねぎらってもよいと思う。それに、彼に尋ねてみたいこともあった。彼に対して感じた不思議な雰囲気、ヘッドオンにこだわる戦法、ターゲットである爆撃機を見逃したこと。酒を介したほうが堅苦しくならなくていい。
 するとサイファーは、どうしようか、という感じで視線を泳がせる。


「なんだ、下戸なのか?」


 いや、と首を振るサイファー。申し訳なさそうな表情で喉を指す。
 どうやら、会話に支障があるから迷惑にならないか、と思っているようだ。


「喋れないから悪い、ってのか」


 彼は頷く。気を遣う性格らしい。


「俺は構わないぜ。メモか何かで筆談でもいいだろ、それともお前が面倒か?」
「…」


 ふるふると首を振る。


「じゃあ決まりだな。下に馴染みの店があるんだ、落ち着いて飲める良い場所だぜ。女はいないがな」


 良いよな? と確認するように片眉を上げて、ピクシーはサイファーの反応を待つ。了承したらしく、サイファーは苦笑しながらも頷いてみせた。
 そうこうしているうちに、彼の機の担当整備員がチェック表を持ってやってきた。ピクシーは一歩、後ろに引く。






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 麓の町はウィンタースポーツやトレッキングの拠点として名高い観光名所だ。ゆえに、酒場にもこと欠かない。
 日が暮れるにはまだ時間があるものの、バーの中にはほどほどに客がおさまっていた。客の大半は地元民だ。戦争の混乱で観光客が減り職を失ったのか、いわゆる働き盛りの男が多いような気がする。夜前から盛況な酒場というのは町の雰囲気からしてあまり好ましくはないのだろうが、自分たちには関係ないことだ。
 指定席にしているカウンターに着くと同時に、店奥の一角で初老のサクソフォニストが演奏を始めた。右隣に座ったサイファーが、その音につられるように振り返る。ジャケットも脱がずに見ている様子からすると気に入ったらしい。そんな相棒を横目に見つつ、カウンターの向こうにいる店主を呼びウィスキーを2つロックで注文する。酒の好みは聞いていないが、まずは乾杯ということでいいだろう。彼が飲めないのであれば自分が飲めばいい。
 あわせて、何か書くものはないかと店主に尋ねる。店主ははじめ怪訝そうな顔をしていたが、理由を説明すると快く承諾した。ペンと一緒に渡されたのはB5のリングノートと「メモ帳じゃあ足りねえだろ」の言葉。思った以上の好意に戸惑うが無碍に断るわけにもいかず、曖昧な笑顔で礼を言う。


 ピクシーがノートを眺めているうちに、注文したウィスキーが出される。隣のサイファーはまだ振り返ったままだ。相棒、と声を掛けようとし―思わずとどまった。視線が引きつけられた先は、喉の傷。彼は今シュマグを巻いていない。
 こうしてあらためて見てみると、その大きさにピクシーも息を呑む。首の半周近くをいびつな浅黒い線が這い、見た者を一瞬怯ませる。サイファーはどちらかというと整った顔をしているが、その顔と傷は全く相容れないものだ。ブリーフィングルームでシュマグを巻いていたのは、余計な憶測や質問を避けるためだったのだろうか。


「おい、妖精のツレの兄さん。ここ置いとくぜ」


 店主に声を掛けられ、サイファーがカウンターに向き直る。これも使いな、と店主はピクシーの手元のノートを指し、からからと笑った。サイファーはノートとウィスキーを交互に見ると、疑問符を浮かべた表情でピクシーの顔を窺う。状況を飲み込めていないようだが、説明するのも面倒だと思ったピクシーは肩を竦めて誤魔化す。
 サイファーは店主に軽く会釈する。いいってことよ、と店主は返した。




 相手に身の上話を聞く場合はまず自分から、だ。
 乾杯を交わしたあと、ピクシーはつまみになるものを幾つか注文しつつ軽く自己紹介を交える。今までの経歴、ヴァレーに来た経緯、などなど。途中、サイファーから「“片翼”のエピソードを聞かせてほしい」とリクエストがあり、他の客が注文した料理を作るためにカウンターに戻ってきた店主を聴衆に含めて談話が始まった。
 “片翼”の異名で呼ばれるようになったいきさつは方々で聞かれていることであるし、また自分では若干不名誉な話(元々は自分の判断ミスだ)とも思っているため簡潔にまとめたところ「せっかくの武勇伝なんだからもうちぃっと広げろよ」と店主からブーイングが入った。俺は講談師じゃねえんだよ、と返せば、聴き手はいつだって興奮する話を求めてんのさ、とかわされる。しまいにはサイファーに「なぁ?」と同意を求める始末だ。サイファーはというと、至極真面目な表情で頷いている。この無口な相棒はノリが良いのかそうでないのかいまいち判断しかねる。が、話が脱線しそうな店主をとりあえず「話してないで手を動かせ」と追いやっておく。自分はサイファーと話をするために飲みに来たのだからあまり邪魔をされたくないのが本心だ。店主はあいよ、と苦笑いをしつつ鴨肉のローストをさばく。
 ピクシーはこのほか、ヴァレー基地の個性豊かな傭兵たち、腕の良い整備員、意気高ではあるが悪い性格ではない基地司令部の面々などをジェスチャーを交えて話す。会話の中にサイファーが見知った人物も何人かいたようで、所々で頷いていた。


 ここまでサイファーの様子を見る限り、あまり感情を素直に表す性格ではなさそうだとピクシーは感じていた。おとなしい、という言葉が的確かもしれない。あのとんでもない戦闘機動とは容易に結びつかないが、隣で静かに酒を飲む人物と群青の翼のF-15Cを駆るパイロットは同一人物だ。なかなかどうして、世界は面白いものだと思う。
 店主が去り会話もひと段落したころ。ピクシーは、今日の戦闘前から抱えていた疑問をサイファーに尋ねてみることにした。デリケートな問題かもしれないが、もやもやしたまま放っておくのも居心地が悪い。そもそも“それ”を聞きたくてここに誘ったわけであるし、どのみちこれから行動を共にする仲なのだから互いのことを深く知っていても弊害はないと思う。むしろプラスだろう。
 グラスのスコーピオンを口に運びつつ、相棒の様子を窺う。サイファーは、ピクシーのスコーピオンと一緒に注文したラザニアをつついている。


「なあ相棒。聞いていいか」
「?」
「どうして傭兵なんかやってるんだ?」
「…?」


 サイファーはフォークを持ったまま、今更何を、と言うように首を傾げる。


「この職業ってのは皆似たような人間が集まってる。根が同じなんだ、見ればわかるだろう? 俺だってなるべくしてなったようなもんだ、他に生きていく方法があるとも思えないしな。でもお前はどこか違う」
「…」
「最初に目を合わせたとき感じたんだ。お前には兵士に特有の荒さがない、俗な言い方をすればスレてないってことだ。お前の雰囲気を何と例えたらいいかわからないが…教師か何かやってたんじゃないのか? ―ああ、気を悪くしたのなら謝る」


 サイファーは、ピクシーから視線を逸らさずじっと聞いている。少し考えるような素振りを見せたあと、フォークをペンに持ち替えノートにさらさらと書き出した。先程も一度見たが綺麗な字だ。


“教師じゃない。でも、教師を目指してたのは確かだ”
「…ふうん、じゃあ学生だったのか」


 彼は頷く。サイファーに対して、いわゆる兵士の雰囲気が感じられなかった理由はおそらくこれだ。根に流れているものが違う、彼は元々“こちら側”の人間ではなかったのだ。
 学生か―サイファーとの間にほんの少し、見えない壁が顔を出す。育った環境を羨む嫉妬のようなもの。いい歳にもなって程度の低い妬みだと思うが、持たざる者が持つ者に対して抱く感情は本能的なものであって、表情に出すとまではいかなくとも感情そのものを生じさせないことは難しい。頬の内側を軽く噛む。
 元学生というのは、今まで共に仕事をしてきた傭兵のうちでも何人かはいたことがある。しかし戦闘機に乗るようになってからは初めてだ、それも教師志望ときた。一体何の教科を教えるつもりだったのかを尋ねてみる。と、全く予想外の答えが返ってきた。


「音楽ぅ?」


 意外も意外な答えに声が裏返る。音楽教師志望の学生と戦闘機乗りの傭兵、何がどうして結びついたのかはっきり言って想像もつかない。そんなピクシーの様子を見たサイファーは「失礼な」と言うように眉をひそめた。ピクシーは慌てて言葉を続ける。


「いや、まさかそっちとは思わなかったんだよ、悪かった。音楽って、何かの楽器を弾いてたのか?」


 あんな感じに? と、後ろのサクソフォニストを親指で指す。サイファーは違う、と首を振り、やや間を置いてから書き始めた。


“俺は声楽専攻だった”


 ノートに書かれた文字を見、ピクシーは言葉に詰まる。
 サイファーはその様子を、視線だけを動かしてちらりと見た。























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