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|| Zigarette
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煙草の香りで目が覚めた。 薄い毛布の下から顔を覗かせれば、窓を開けて縁に座り煙草を咥えている奴が見えた。カーゴパンツを穿いているが上半身は裸だ。月明かりに照らされた奴のアッシュブロンドが部屋の闇に映えている。奴は顔を窓の外に向けているが、外から流れてくる空気に乗って煙が部屋に流れ込んでいる。煙で喉が痛い。 俺は煙草を吸わない。喉を傷めるからだ、同じ理由でコーヒーも極力飲まないようにしている。 もう歌うことはない俺にとって今更傷めるも何もないのだが、一旦身体に染み付いた習慣は簡単に抜けてはくれないらしい。勿論、煙草については周囲の傭兵から勧められることがなかったわけではない。ただ、元々―それこそ思春期の頃から―喫煙する習慣がない俺には好奇心よりも生理的嫌悪感が先立つのだ。 硝煙には慣れても煙草だけはどうも苦手だ、そもそも煙を吸って何が美味いのだろうか。 先端の灯の明るみが増す。と、奴は煙草を口から離しふうっと煙を吐き出した。奴のこの仕草はなかなかセクシーで俺も気に入っている、しかし如何せん俺は煙が苦手だ。否応無く流れてくる紫煙に耐えることができず、咳き込む。 「あ、起きてたのか」 悪かったな、と言うと、奴は持っていたカプセル型のアッシュトレイに煙草を入れる。どういう理屈なのか知らないが、あの小さな箱に入れるだけであっという間に火が消えてしまうから不思議だ。水でも入っているのか、使ったことのない俺には理解できない。だが見るたび面白いと思う。奴は縁から降りると俺が寝ているベッドまで歩いてきた。屈んでベッドに手をつき、俺の様子を窺う。奴が纏った煙草の香りが、何となしに先刻の情事を思い出させた。 今、この部屋に居るのは俺だけではないということを強く感じさせる香り。 「大丈夫か？ …すまなかった」 そう言うと、奴は左手を伸ばし俺の前髪をかきあげる。冷たい指が額に触れて心地良い。するがままに任せておくと、ふと、俺の中に何かが灯った。悪戯で済ませるにはタチが悪いような、何か。 俺は奴の手首を掴み、少々強引に引き寄せる。奴が驚いた表情をするのが見えた。 構わずに奴の指を口にふくむ。 「おい、何す―」 性器に愛撫するように、人差し指を根元から先端まで舐め上げる。甘噛みしながら、何度も。 刺激するたびに息を詰める奴は可愛いと思った。…俺も末期か。 「相棒……したい、のか？」 熱を帯び戸惑う声で奴が尋ねる。俺は指を咥えたまま奴を見上げた。 視線が絡む。 舌で指先を一度だけ突く。イエスのサイン。 戦闘中と同じ、俺たちだけの合図。 すると、奴は少し困った表情を浮かべた。無理もない、この夜俺たちはすでに二度身体を重ねている、しかも二度目は俺が気を失いかけるほど激しく抱き合っていた。いくら俺たちが傭兵であるとはいえさすがに体力にも限界がある、勿論俺もこれ以上行為を続ける気はない。奴には悪いがただの悪戯だ。 ふくんでいた指を離す。身体を起こそうとしたが、思った以上に体力を消耗していたようで力が入らない。重く感じられる右腕をなんとか伸ばして奴を呼び、耳元に囁く。 「冗談だ すまん」 奴が苦笑するのがわかった。 「まったく…。あれで足りないと言われたら、どうしようかと思ったぜ。俺も限界だ」 隣、いいか？ と尋ねてきた奴に、俺は頷いて答える。奴は満足そうな笑みを返し、俺の額に軽くキスを落とすと毛布に潜り込んできた。今更ながら、コトを始める前に奴のベッドからも毛布を持ってきたことは正解だったと思う。大人の男二人で一枚の毛布をシェアするのは無理な話だ、問題はそこではないと言われればそれまでだが。 奴の体温で温もりが増す。途端に睡魔が襲ってきた、しだいに目を開けているのも辛くなってくる。眠いのは奴も同じらしく、横になるとすぐに目を閉じて「おやすみ」と投げかけてきた。やはり煙草の香りがする。奴の香り。俺も目を閉じた。 眠りに落ちていく意識の中で、ああ、密閉された空間で酸素が絶たれるから火が消えるのか、と突然浮かんできた答え―アッシュトレイの疑問―に我ながら苦笑する。なにもこのタイミングでなくても良いだろうに…。まあそれはともかくとして、こんなに単純なことでも気が付かないのはやはり自分が吸わないからだ。 瞼を少しだけ上げる。寝息を立て始めている奴の顔が、目の前にあった。 他人と付き合うということは、自分には無いモノと触れ合えることなのだと改めて感じる。俺の場合で言えば、まさにこの煙草。 面白い。 この先、俺は煙草の香りを嗅ぐたびに、こいつのことを思い出すのだろう。 俺たちがいつまで一緒に居るのか、居られるのかはわからない。が、もう少しこいつと飛んでみたいと思う。相性の良い者と行動を共にするのは楽しい。 …お前はどう思っているのかぜひ聞いてみたいものだな。 おやすみ、ピクシー。 ------------------- 喫煙者の方々ごめんなさい…(´･ω･｀) 我が家の鬼神は誘い受けだと思われます |